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車いすで名古屋城に行きました2025年❶  名古屋市営地下鉄から本丸・西南隅櫓まで 

車いすで2025年に名古屋城に行ってみました

(ご注意)このブログは2025年に名古屋城本丸御殿を訪れたときの状況に基づいています

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車いす城郭評論家・アシトド松井

2025年に久しぶりに名古屋を旅行しました。目的地は名古屋城名古屋港水族館名古屋城については天守閣には入れないことは知っていたのですが、本丸御殿が復元されてからは訪れていませんので、楽しみです。

今回は名古屋駅から地下鉄・桜道線で久屋大通駅で名城線に乗り換え、名古屋城駅に向かいます。

 

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☞車いすで名古屋城 に行きました2025年

 

名古屋城駅のある名城線の路線図(2025年撮影)

市役所前が名古屋城と駅名変更さわていることを知らずに来たので、駅員さんに何度も「名古屋城」ですネと念押しされてしまいました。

 

地下鉄名城線段差解消

利用できた駅の範囲でですが、名城線ではホームゲートとスロープ状に整備した車両との隙間・段差解消が行われていました。写真からくし状ゴムも使用されていると思われます。

 

地下鉄名城線 名古屋城駅地上
(エレベーターのある)入り口

 

 

名城公園案内図

 

以前来たときには、このような商業エリアはあったかなァ

公園内商業施設

 

 

入場門  案内にはお城(天守閣)の中は入れませんとの表示が

 

徳川家の名古屋城に取り込まれてしまった織田信秀・信長の居城「那古屋城」の石碑がありました。

那古屋城跡の碑(以前は信長生誕の城と聞いていたのに学説が変わったようです)



加藤清正石引き

関ヶ原の戦いで徳川方(東軍)についた加藤清正でしたが、秀頼と対立することとなる徳川家の天下普請の城名古屋築城に多くの大名と共に動員されることなります。歴史番組で徳川家に忠誠心を示すため運ばれる巨石の上に登った清正の姿を「秀吉だったら似合っていたのに」という歴史研究家のコメントが印象に残っています。

 

西南隅櫓

名古屋城の櫓は巨大なもので石高の少ない大名家の天守閣に比べても遜色がありません。西南隅櫓は重要文化財に指定されているそうです。

 

 

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車いす城郭評論家・アシトド松井の現地案内板棒読み解説

清須城

2010年に訪れました、清須城に関する内容はその時点の状況に基づいています

関西からの新幹線にのると名古屋駅に到着する直前に車窓から見ることが出来る復興(模擬)天守のお城が清須城です。那古屋城の後・織田信長の居城となります。

清清城では歴史上重要な二つの会議が行われます。

❶1582年本能寺の変で信長そして嫡男で家督を継いでいた当主信忠を失ったあとの織田家の後継者を決めるため、羽柴秀吉丹羽長秀池田恒興そして山崎の戦いに間に合わなかった柴田勝家か清須城で会議を行います。後継者には信忠の嫡男3歳の三法師(織田秀信)が選ばれますが、幼君に織田家そして戦国の世を束ねられるわけもなく、秀吉が後継者となり対立する勝家と賤ケ岳の戦いをが起こることになります。

 

❷秀吉亡き後1600年豊臣政権で政務を担っていた徳川家康が自ら上杉景勝討伐のため会津へ、石田三成を首領とする奉行方(西軍)が挙兵したことを知り小山から軍勢を西に戻すのですが家康自身は江戸城にとどまり、清須城に集結して動かない福島正則池田輝政ら豊臣恩顧の東軍諸大名に家康から𠮟責の使者が送られ、西軍方の岐阜城攻めが始まります。この時の岐阜城主が織田信秀、信長の嫡孫・秀信は二の清須会議に翻弄されることとなります。

 

❶の清須会議があまりにも有名で、関ヶ原の戦いの直前の❷の清須会議のことを現地を訪れて再認識いたしました。

 

清須城を五条川ごしに眺める(2010年撮影)

車いす利用者の視点からみると清須城天守閣には接続する御殿風の建物にスロープ通路で入り天守石垣内部の展示館入り口にたどり着けました。車いす対応トイレがあったものの展示場までには段があり、さらに主要な展示エリアには階段を上らなければならず、私は清須会議に参加できません❓でした・・(2010年の状況です)

清洲城天守閣内へのスロープ状入り口と野面積みの石垣

清州城内復興天守閣1階のようす(2010年撮影)

清須城は城下町ともども名古屋に移された(清須越え)と伺っていますので、野面済みの石垣なども新たにつくられたものだと推定しています。

 

 

名古屋城天守閣の現況確認に向かいます。引き続きごらんいただければ⇩

 

☞名古屋慕情 車いすで名古屋城に行きました2025年➋

 

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車いす城郭評論家・アシトド松井

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