
①石垣に外付けの階段②エレベーターを併設➂そして閉鎖
その後はどうなるのでしょう・・・
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車いす城郭評論家・アシトド松井
名古屋城天守閣の木造復元化をめぐる議論・過程では、いろいろなことを想像する材料を教えていただけた。城跡の石垣には文化財価値を見出されるので安易に崩してよいのか、火災の際の避難ルート確保をどうするのか、耐震性の高い建物を江戸時代の技術のままで復元できるのか、障害者に対する抑えられていた一部の方の本音、訓練を受けず手法をしらずに法令順守を求められる一般の公務員の方のとっさにとりうる行動の限界などなど。
こられはさておき さておくな!
このページでは車いす生活になってもお城好き、歴史的文化財大好きが治らなかった困った輩の名古屋城をめざしたころを懐かしく思うようすをご紹介いたします。
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🟦1994年の名古屋城

天守閣の手前の柵で囲まれたエリアは本丸御殿のあった所で礎石が規則正しく並んでいます。


江戸時代からの名古屋城は太平洋戦争時の空襲により焼失、写真などの資料が残されており外観復元天守閣だったのですが、石垣の外側の階段は江戸時代には無かったものだと考えています。非常用の脱出通路だったのか、あるいは展示物の搬入のためなのか造られた目的はわかりませんでしたが、後にこの位置にエレベーターが設けられることとなります。
当時・名古屋城天守閣近くの地下鉄の駅にはエレベーターが設置されておらず、リフト付きバスの運行も天守閣近くの路線では運行されておらず、名古屋駅に隣接したバスターミナルでリフト付きバスでゆける最も近くのバス停で降ろしてくださいと交渉したところ、城見通りにあるバス停まで乗せてもらえることに。東門までは緩やかながらも長い坂道で、手動車いすを使っていたのでこたえました。歩道に藤棚が設けられていて美しかった記憶があります。
🟪1998年の名古屋城
大相撲名古屋場所(愛知県体育館で開催)のテレビ中継をみていて名古屋城天守を映し出した外付け階段の形状が以前と変わっていたので急遽名古屋に向かうことにしました。



エレベーターが設置されていたので感激でした。


名古屋では1989年世界デザイン博覧会が行われたそうで、その影響か車いすとシャチホコをイメージさせるようなマークが使われていました。

エレベーター設置工事案内板
名古屋城への最寄り駅市役所前駅(のちに駅名が変わり名古屋城駅となります)のエレベーター設置工事が行われていました。

当時は車いす対応バスは階段がリフトに変わるタイプのもので、東京・横浜・名古屋ではバスの中央から、大阪・京都では料金を車いすユーザー自身が支払えるようにと前の扉にリフトが設置されていました。
🟩2011年の名古屋城
大曽根方面から徳川園を訪問してから向かいます




車いすで利用するようす(2011年撮影)

から東門側へ(2011年撮影)


写真を詳しくみると階段も設置されていることがわかります。

上の写真は天守閣内部のエレベーターのものなのか、石垣の外付けエレベーターを撮影したものなのか位置が確認できなくなっています。
当時の名古屋城天守閣は内部にもエレベーターがあり展示品を車いすで見学することができました。江戸時代の街並みを夜明けから深夜まで再現したエリアや黄金の茶室をみせてもらったことが懐かしく想い出されます。
天守閣内部のエレベーターは最上階には達しておらず、名古屋の街を城から展望することは出来ませんでしたが、車いすでの城めぐりを堪能できました。
🟧2011年名古屋城本丸御殿は復元工事中でした
礎石だけが残され柵で囲まれていた本丸御殿の復元工事が始まっていました。

(2011年撮影)
どのような江戸時代の御殿を見せてもらえるのでしょうか?
車いすのままで入れると無条件に期待しているのはおぬしは甘ちゃんかも
🟨2025年の名古屋城
耐震化が低いため天守閣には(一般の方も含めて)入ることは出来ませんでした。



左側に写っているのは小天守閣とそこに入るための階段で、歩行の問題のない方は小天守閣にはいってから大天守閣に向かう構造でした。私は健常者時代、現存天守閣にいくつか登る機会がありましたが、天守閣内部はワンルートの所しかありませんでした。

天守閣は耐震性が低いため2018年から閉館中
との案内表示が

エレベーターの前まで行ってみるものの扉が開かれることはありませんでした
以前も紹介させていただきましたが高校で「人権学習」の講師をやらせていただき、私は中途障害者で30歳ぐらいまでは一般の社会人生活を送っていたと体験談を聞いていただいたら、次のような感想文を送ってをくださいました。
今回の人権学習で自分が思っていた以上に障がい者として差別されている人が歴史の中でもたくさんいることを知りました。車いす生活は、誰にでもなる可能性があり私たちも無縁ではないということをしっかりこころに止めおきたい。
江戸時代の伝統建築方法を忠実に、なにも加えず木造天守閣を再建してしまうと、この天守閣の日本の伝統美を再現に尽力された当事者ご本人ですら、突然の事故や発病で自らが制作された木造天守閣内部装飾美などをご覧になれなくなる可能性があるということです。非常に悲しいことですが車いす生活に突然陥る危険性は誰にでも何処にいても存在します。
このような話に耳を傾けて想像力を働かして下さる方が、交渉当事者の方にわずかでもおられ発言して下されていれば。名古屋城天守閣木造復元問題がご存じのような展開にはならなかったのではと想像しております。
まだまだお主は世間知らずの理想主義やのお~🤭
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車いす城郭評論家・アシトド松井
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天守閣の外側に階段を設けられたお城の写真がありましたので追加掲載いたします。

復元された天守閣の外側に階段が設置されていることがお分かりいただけるでしょうか?