
の際もうけられた仮設スロープ
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車いす城郭評論家 アシトド松井
私は1990年に友人に押し上げてもらい大原三千院(門の手前まで)・1994年の丸岡城(天守閣の真下まで)を訪れたのをきっかけに全国の各地の社寺城郭をめぐってきました。2026年10月彦根市で「歴史的建造物のバリアーを考える」をテーマにした講演会において、急遽後半のパネルディスカッションに建築士・地域創造学の専門家の先生方の横に素人ながら加えてもらえることとなりました。同時に配布させていただいた写真・説明文を基に専門家の意見・会場からのご指摘を加え(斜線が加筆した文章)ながら、指摘された文化財的価値のある建物のバリアー化の諸問題を、ご紹介したいと思います。(パネラー4名のうち建築士さんと私、2名が車いすユーザーでした)、2回目は城郭建築物についてご案内いたしたく思います。
<下記の番号は1回目からの続きで付番しています>
⑤二条城・二の丸御殿(京都市)はウグイス張の床の保全のため電動車いすでの入場禁止に。

二条城・二の丸御殿には車いすで入るためのスロープ通路が目立たないように設けられているのですが、鴬張りの床(歩くと木の擦れる音がする)の保全のため電動いすでの入場は禁止され、用意されている手動いすに乗り換える必要があります。文化財保護とバリアフリーの異なる利益の調整だと感じています。
終了後、会場に来られていた建築士の方から、「二条城は文化財のバリアフリー化としては成功した例だと承知していたのに、いつから電動車いすでは入場禁止になったのですか?」とのご質問を受けました。私も平成の初めごろは手動車いすで外出していたのであまり気にしていなかったのですが、京都在住の電動車いす利用者の方が二の丸御殿に入れなくなったというので、状況を確認に訪れたことがあります。
⑥姫路城の足元は天守閣真下までは完全スロープ化
(ただし急勾配の箇所が続く)

姫路城は江戸時代のまま全て保存されていると思われがちですが、足元をみれば天守閣の真下までスロープ状に整備されています一部の建物(櫓)にも車いすのままで入れました。ただし急勾配のところばかりで、私は同行介助者2名で上ったのですが、安全のためには3名以上の介助者が必要だと感じました。
私は長年、姫路城がなぜ天守閣真下の郭(備前丸)までスロープ状に整備されたのが不思議でしかたなかったのですが、今回のセミナーで江戸時代からの石段は明治以降大きく崩されていて、(急勾配ながら)スロープ通路化が可能であったことを教えていただきました。
またスロープ化が完全になされていない状態で姫路城へのアクセスを試み続けられた地元の電動車いす利用者の方に2008年に「全国車いすアクセスマニア集会」というセミナーで講演していただいたことがあり、介助者数名に渡し板を石段の名残に渡し板をかけ替えてもらいながら天守閣真下に向かわれていた、動画があることを思い出しました。
YouTubeで
車いす 散歩マニア 姫路城
と検索していただければ姫路城天守真下までのスロープ化の様子がご覧いただけます。古い時期に撮影されたものと比べてご覧いただければとおもいます。
⑦名古屋城木造再建問題と火災時の非難通路の確保
(名古屋テレビでの取材の際、放送されなかった部分)

木造再建化が準備されている名古屋城天守閣は耐震性以外に、多くの方がご存じのような事情で着工できない状況です。火災時の避難ルートの確保ということも大切なことだと思います。徳川家康が天下普請で造った、国宝天守閣は太平洋戦争時の空襲により焼失してしまいました。私の知る限り現存12城の天守閣内に入るにはワンルートしか確保されておらず。木造再建名古屋城天守閣が不特定多数の観光客誘致を目的とするのであるのなら脱出経路としてのツールートの必要があると考えます。非常階段のみの時代(写真中段左参照)もありましたし、その後同じ場所にエレベーターが追加されました。これは蛇足になりますが、どのような形であれ再建された名古屋城天守閣が、徳川時代の国宝天守閣と同じ理由で失われない平和な時代が続くよう微力ながらさぐってゆきたいと思っています。
2026年に名古屋テレビさんから取材をうけた番組がYouTubeで公開されています。私のブログのメニュー画面からリンクさせて頂いておりますので、ご覧いただければ幸いです。
⑦大阪城天守閣の重要文化財指定について(セミナー終了後加筆した記事です)

1931年(昭和6年)にコンクリート造りの復興天守閣として再建、空襲にも持ちこたえた大阪城が2026年10月に国の重要文化財に指定するよう答申されました。ご存じの方も多いと思いますが大阪城天守閣はエレベーターと内部に車いす対応トイレが設けられているバリアフリーなお城です。江戸時代のからの現存天守でなく歴史的な価値は、姫路城・二条城などと比べることは視点が異なるのだと考えますが。再建当時の最新の技術をもちいた城郭建築・経緯、観光客を含めて大阪のシンボルとしての役割が評価されたものとして、新たなバリアフリーの歴史的建造物の誕生の先駆けのように感じています。
(感想)「歴史的建造物のバリアーを考える」というテーマで行われたセミナーに参加させていただけて。
木造建築物にエレベーターを設置するには限界があること、玉砂利以外にも信仰上の理由からバリアフリー化出来ないといわれる建造物があることなど、建築学的他の知識もバリアフリー化を求める際には必要であることを痛感させられる機会になりました。名古屋城など多くの歴史的建造物が戦災(空襲)によって失われてしまったことも再確認することが、できました。
(その1)では神社や寺院のバリアフリー化に関する意見をご紹介しています。
☞歴史的建造物のバリアーを考える2026年 (その1)
話はそれますが、戦火の続くウクライナには「インクルーシブ シェルター」とよばれる、車いす利用者でも避難できる防空壕がつくられているそうです。バリアフリー化がこのような施設に設けられていることを、どうとらえれば良いのでしょうか。世界から戦争がなくなり過去の歴史的建造物になっていただければと願うのですが。



















































































































