アシカなくてもトドまらず

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アシカなくてもトドまらずの30年 (脊損ニュース2022年1月号投稿記事より一部改変) 僕たちのバリアフリーは荷物用エレベーターだった

ほんの少し前、車イスの僕たちのバリアフリーは荷物用エレベーターだった。

京都駅・東京駅・三ノ宮駅草津駅にて撮影

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車椅子電車評論家・アシトド松井

 

ここからの記事は(公社)全国脊髄損傷者連合発行の「脊損ニュース 2022年1月号」に掲載していただいた内容を加筆修正したものです。

アシカなくてもトドまらずの30年

平成4年(1992年)の車椅子で滋賀から大阪・難波に行ったことをレポートすることから始まった「アシカなくてもトドまらず」、令和4年(2022年)に作成開始から30年の節目を迎えることになりました。そこでアシカさん、トドさんに対談していただき、30年を振り返ってみたいと思います。

対談者紹介

アシカさん・・・やせている時の著者のイメージ、海獣の仲間

トドさん・・・・・・太っているときの著者のイメージ、アシカさんの話の聞き役

 

<トド>なんでまたアシカとトドが出てきて対談記事になるのですかねえ?                              

<アシカ>もともと「アシカなくてもトドまらず」はアシカとトドが対談形式で車椅子で利用できる駅や観光地をレポートするかたちの文章でつくられていたので、これが本来のスタイルなんですよ。

<トド>でもイメージキャラクターはアシカ風の一種類だけでトドはでてきませんよ?

<アシカ>著者もなんどかトドのイメージキャラクターを描いてみようとしたらしいのですが、何度描いても「セイウチ」にしか見えなかったそうで、あきらめたようです。

<トド>どうして改造自動車の運転から電車に乗るようになったのですか?

<アシカ>最初は普通の脊髄損傷者と同じようにマイカーを運転して外出していたのですが、平成4年(1992年)、学生時代の友人に難波・中座(当時)に現代劇の観賞に誘われて、地元の滋賀県では3車線以上の道路は走ったことがないものだから、電車の利用を考えて情報収集を始めたのですよ。

<トド>しかし当時はインターネットがまだ普及していない時代、どうやって情報収集をしたのですか?

<アシカ>入院中に全国各地で出版されているバリアフリーマップの一覧表を下さった方があり、滋賀県京都市大阪府の車椅子利用者のための地図か手に入りました。京都市の地図は障害者団体がつくられたもので、この駅はエレベーターはないが、横にスロープ通路があり、利用できるなど、当時の鉄道会社が公には出していない情報も満載されていました。滋賀県のマップは階段しかないが介助者があれば利用できるといった描き方で、でも全くダメというわけではなく少しはなれたJR膳所駅に車椅子用スロープ通路(その後安全のためという理由で使用禁止になりました、現在はエレベーターが設置されています)があることがわかりました。

<トド>平成4年(1992年)当時は駅に乗降客用エレベーターがあるところはほとんど無く、荷物用エレベーターや線路横断型スロープ通路の情報もほとんど発信されていませんでしたからねえ。      

 

<アシカ>線路横断型スロープ通路は一般乗客に使われる可能性があることや、荷物用エレベーターを駅案内図に載せることはできなかったのでしょう、あくまで車椅子の乗客は例外で今風にいうと想定外の乗客ということになるのでしょうか。それでも一部の車椅子利用者が自力で収集した情報をもっていました。そして近鉄難波の荷物用エレベーター等を使って無事に観劇を終えて、このような情報を多くの車椅子利用者に伝えて行きたいと冊子をつくったり、滋賀脊損の機関誌に掲載させてもらったりしていました。

<トド>周囲の反響はどうでしたか?

<アシカ>脊髄損傷の仲間うちでは全く変人あつかい、なぜ自動車の運転が出来るのにそんな苦労をしてまで電車で外出しなければならないのか?と思われていたみたいで、当時の駅は車椅子でもっとも利用しにくい公共施設でした。だからとんでもなく変なことをしているインパクトを与えるために「車椅子電車評論家」という肩書きを使うことにしてみました。より重度のデンクル(電動車椅子のこと)の利用者には関心をもってもらえたようで、いろいろ聞いてみると皆さん頭の中に独自の車椅子マップをもっておられること、JR姫路駅に荷物用エレベーター(当時)があることがわかり行ってみることに、車窓から米原~京都~大阪~神戸~姫路の駅を食入るようにみつめてエスカレーターやエレベーターの写真を撮影しました。でも実際に降りてみると荷物用エレベーターの電源が落とされていてエスカレーターや階段を担ぎ上げてもらわなければならないケースも有りやっぱり使ってみなければわからないことが、多かったですね。 

              

駅の階段を担ぎあげてもらったり、線路の上にスロープ通路をつくってもらったり

ホームまでのスロープ通路を自転車に阻まれたり。

 

<トド>エレベーターが設置される駅が増えてきてバリアフリーマップの存在意義が変わってきたように思うのですか?

<アシカ>関西のJRでは平成6年(1994年)に、関西空港りんくうタウン南草津の3駅に乗客用エレベーターが設置されました。それ以前に乗降客用のエレベーターがあるのは、大阪環状線芦原橋駅しか確認されていなかったので、いっきに4倍になった。その後は法律の後押しや平成の大合併を前に、地域の駅をコミュニティセンター化しておこうなどという活動がひろがって、いつしか、車椅子で鉄道にのることは当たり前で日常的なことになりましたね。ただし無人駅の問題や地域間格差は広がる傾向にあります。

<トド>バリアフリーマップが普通の地図と同じになってアシトドシリーズも存在意義がなくなってきたんじゃないですか?

<アシカ>もともとこのようなバリアフリーマップがなくても安心して車椅子ユーザーが出かけられる環境をめざしてきたのですから、アシトドシリーズが不要になる社会が来る事は望んでいたはずなのですが、やっぱり30年もやっているとさみしい気持も。都市部では、多くの車椅子ユーザーと駅等ですれ違うことがあり、隔世の感がありますね。

 

<トド>最近遊園地のアトラクションで車椅子用の施設があるのに介助者がいなければ利用できないといった話をきくのですが。

<アシカ>以前車椅子仲間だけで乗れていた観覧車の利用を介助者がいないことを理由に断られたことがあります。事故や故障があったとき対応できないというのが理由ですが、介助者なしで単独移動している車椅子利用者にとって、新たな問題です。     

 

<トド>滝めぐりや、お城めぐり、そしてローカル鉄道の体験談などバリアフリーマップには通常出てこないような話も掲載していますが。なぜですが?

<アシカ>読んで下さっている方が本当にいるのかわからないのですが、車椅子でこんなところまで、出かけるへんなやつがいる、街なかを出かけるのなんか簡単なことではないのか?と感じていただければ幸いです。でも本人が滝めぐりやお城めぐりが好きでなければこんなには続きませんよ。やっぱり変な車椅子外出マニアなんですかねえ。また私は内部障害者(オストメイト)でもありますので、多くの障害者スポーツ大会には参加資格がありませんでした。そんな悔しさをまぎらわせていたのかもしれませんねえ。

 

 なにはともあれアシカなくてもトドまらずは30周年をむかえました

 

最近はいろいろなところに公共交通機関を使ってでかけられます。

 

 このブログは(公社)全国脊髄損傷者連合発行の「脊損ニュース 2022年1月号」に掲載していただいた内容を加筆修正したものです。

 

車椅子の仲間と街に田舎にくりだそう  車椅子仲間と電車に乗ってもいいじゃないか

チョットいっぱい乗りすぎじゃないの?

 

荷物用エレベーターにもいっぱい乗ってる社会のお荷物?

車椅子電車評論家・アシトド松井

 

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